雑感。

tori-bird

2009年04月14日 01:25

こんにちは。鳥です。

今でこそ頭の悪い私ですが、昔はもっと頭が悪かったのです。思い出すと意味の定かでない奇声を発しながらエレベータのボタンを連射したくなる、そんな最もデリケートな当時の記憶が蘇りました。
それは大学受験のこと。入試の項目の一つに「小論文」というものがあったのですが、当時、聴く音楽といえば「キング・クリムゾン」、読む本といえば「カミュ」「カフカ」、観る映画といえば「イージー・ライダー」、その他ここに並び立てていくと軽く数え役満になる形而上学的な恥さらし試行錯誤をしていた私にとって、「社会通念上もっともらしい意見を述べること」を好しとしたその種の試験は、じつに苦手な課題だったのです。

とはいえ受験日はやってきました。試験用紙が配られて、そこにあったテーマは「情報規制について書け」みたいな内容だったと記憶しています。レフトウィングが活発だった時代――やつらがおとなしかったときなんてあるか?は置いといて――だったこともあり、「言葉狩り」だとか「言論の自由」だとかについて言及することが求められているような、そういう試験でした。

そこで私が400字詰め原稿用紙数枚にわたって書き連ねた演説について、詳細に語るほど投げやりな気分になっているわけではありません。ただ、大まかな構成だけでも説明しておきますと、以下のような流れになっていたかと記憶しています(ええ、詳細は記憶の闇に葬ったので、思い出すことができないのです)。



大概の精神病の原因は、幼い頃の体験に根ざしているという。これを「トラウマ」と呼ぶらしいが、心理学的な治療の出発点は、その「トラウマ」の体験を呼び起こすことから始まるそうだ。心理のメカニズムについてはわからないが、人間とは不思議なもので、暗い記憶の扉を閉じたままだと体に異変を覚え、暗い記憶の扉を開け放つと、程度の差こそあれ概ね快復に向かうそうなのである。

「社会」とは、言うまでもなく「個」の集合体であり、個人を切り離して社会を語ることなどできないだろう。であるならば、私はこの「個」におけるメカニズムを、社会全体に当てはめて考えるのが自然の摂理というものではないかと思う。つまり、情報規制など必要ない、ということだ。

近年、行き過ぎた情報の規制が問題となっているが、情報それ自体の善悪は時代や受け取る人によって大きく変わるものである。にも関わらず、時代にそぐわない情報規制をいつまでも続け、本来公開すべき情報まで闇に伏せたままでは、目に見えないところで病魔が進行するだけだ。「メディアはある種のガス抜きである」と語られることもあるが、今こそ情報規制の在り方を見直し、社会全体の「治癒」として機能させることを考えるべきである。



冒頭で「今でこそ頭の悪い」と述べたのは、今もこの基本的な考え方に変わりがないからです。でなければ、こんなブログなんぞわざわざ書くかい!という気もします。ただ、当時と今とで変わったものがないわけじゃありません。多少の分別もつくようになってきた、要するに「大人」になったということです。

【今後のブログ運営スタンスについて】

●基本的には今まで通り、オープンにしていきます。法に触れるわけでないし、ネット上にありふれたことばかりなので、私が伏せたところで類似の情報はいくらでも見つかるでしょう。ビジネスとして運営している業者もあるようですし、マスを相手にした雑誌で特集が組まれたこともあるほどなので、今さら個人ブログが自主規制したところでたかが知れてるというものです。

●ただ、分別がつく大人だと宣言したからには、どのへんで分別がついてきたのかを示さなくてはなりません。たとえば、あそこには触れちゃいけないんだな、とか。こういう煽り方はいけないんだな、とか。「気にせずどんどん言っちゃえよ」と背中を押す声も聞かれますが、聞こえなかったことにしておきます。「人柱じゃねえのかよ」と言われましても、そういう意味じゃなかったんですどうもすみません。

●また、「ハウツー本じゃないので」と言い訳をして、リスクやデメリットなどについての記述を明示してきませんでしたが、必要であれば改めてまとめてみようかなとも思っています。が、私の日記こそ一番のリスクマニュアルかもしれないので、そこは読み取ってほしいところです。ハウツー本じゃなく、「英語ができない頭の悪いやつの失敗を遠巻きに眺めながら我が身を振り返るブログ」ですからね。

●そのへんに、わざわざ情報発信する理由があるんじゃないでしょうか。だれかの体験談のおかげで、いらぬリスクを回避できるからです。ただ、人から情報を得てばかりでは申し訳ないので、こんな自分でもだれかの役に立てればなぁと思ったのが、このブログ開設のきっかけでした。というわけで、これからもどうぞよろしくお願いします。

●最後に、案の定、大学受験には失敗しました。
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