北海道ツーリング・ハイク(3日目)
◆北海道ツーリング・ハイク3日目
オホーツク海には武装した一団が待ち受けていた。
宗谷岬を通過するころはまだ斥候部隊が
散発的な攻勢を仕掛けてくる程度であったが、
遠く稚内市街を望む宗谷湾には
彼らの掃討作戦網が展開されていた。
「見よ、あの貧弱なチャリダーを。
もはや死に体、首尾よく撃滅するのだ」
双眼鏡を構えた指揮官が野太い声で号令をかける。
彼らはじつに戦略的で、指揮系統に迷いはなく、
一兵卒に至るまで練兵されていた。
主砲は正面からの間断なき強風。
速く正確に重苦しく、私の体にぶち当たる。
まるでジェイムズヘットフィールドのギターリフだ。
規則的な水平射撃を受けた私の体は著しく消耗を始め、
疲弊した太ももでは筋肉の凝固が進行し、
軽量化されたはずのペダルにはずっしりと鉛がへばり付いていた。
ときおり現れる下り坂。
しかし、彼らは休ませてくれない。
強烈な向かい風は、下っていようがお構いなしに、
ペダルを踏まなければ前に進ませてくれなかった。
筋肉の疲労だけならまだいいが、
漕ぐたびにハンマーで叩かれるような鈍痛が
右膝を襲っていた。肉体は崩壊寸前だった。
「よし、そろそろ休ませてやれ」
永遠に続くかと思われた強風も束の間やむことがあり、
今がチャンスと勇んでギアをアウターに入れる。
ぐんぐんと加速し、スピードメーターは30km超を計測する。
いけるじゃないか。
この勢いで一気に稚内まで乗り込んでしまえ。
「今だ!!」
爆裂的な強風が正面から吹きすさぶ。
とたんにペダルが重くなり、
たまらずギアをインナーにシフトすると、
時速は10km前後へ急降下。
「ファァァァック!!」
と叫んだ私はあるいは発狂しかけていたのかもしれない。
深刻なダメージは精神衛生面にまで及んでいた。
恥も外聞も捨て、サドルにタオルをまく。
もう何度目の休憩か覚えていない。
なにか応援メッセージでもないかと、
iPhoneでお気に入りのブログを閲覧していたときのことだ。
これまでどんなに苦しくても、
最後の最後になるまで腹筋だけは温存していた。
足が死んでも腹に力を込めればなんとか踏める。
ほとんど願いに近い根拠だけで大切に残していたのだ。
ところが、まさか友軍の誤射により、
虎の子の腹筋を失う羽目になろうとは思いもよらなかった。
いまるぷさん、あなたが射抜いたのは味方の背中だ。
「ゲフッ」
鈍い炸裂音を立て、私の腹筋が破壊された。
そのあとにくる盛大な笑い声で、
デリケートな国境線を守るロシアの沿岸警備隊も敏感に反応したはずだ。
ああ、もうだめだ。
「オホーツク海に死す」
そんな見出しも悪くないなと思い始めていた。
そのとき、ウェストバックの中に、
アレが入っていることを思い出した。
コレだ。
旅立つ前、三鷹の某ショップへ立ち寄った。
店主の土屋氏が
「キツくてどうにもならないときに飲むとよい」
と餞別代わりにくれたものだ。
化学的な成分などはわからない。
でも、飲むとすぐに効いた。
ただ単にシャリバテだっただけかもしれないが、
私のためを想って持たせてくれた心意気に、
体は素直に反応した。
さすがリーダー。
メンバーのミスを帳消しにして余りある援護射撃だ。
相変わらずオホーツク海に陣取った一団からの攻勢はやまない。
しかし、蘇った活力をほしいままに躍動させる私を前に、
緻密に展開された包囲網にもついに綻びが見え始めた。
◆
これが北海道上陸三日目で味わったことの一部始終だ。
おっと、稚内市内でのあの苦闘のことを忘れていた。
それは次回に取っておこう。
思い出しただけでもうクタクタなのだから。
つづく。
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