沢ルポ、あるいはゴルジュと言いたかっただけルポ。

tori-bird

2009年08月26日 23:07

こんにちは。鳥です。

今ごろ会社の女子に「こんなとこ登ったの!?スゴーイ」とキャァキャァ黄色い声を一身に受けていたはずである。しかし、目論見は外れた。私の緻密なモテモテ作戦が、わずか一点の狂いだけで儚い夢と終わってしまった。おまえのせいだ。おまえが私の幸福なる未来奪い去ったのだ。嗚呼、おそるべきゴルジュよ。

説明しよう、ゴルジュとは岸壁の狭まった峡谷を指す登山用語。水流の多い沢では切り立った崖に滝が流れ、最も危険なポイントの一つだ。

いったい、tori-birdに何が起こったのか。
固唾を飲んで見守るファンには申し訳ない。事の顛末を語る前に少々経緯を語らせてもらおう。いのうえさんから「チュンチュンも沢いくー?」と誘われたのが先月のこと。道具を揃え、準備整い、いざ出陣となった段で突如天候が崩れ、土壇場でキャンセルになったのが前回だ。そして今回、ようやくリベンジの機会が訪れたというわけなのである。

金曜夜21時出発の予定が、23時出発に遅れたのはよしとしよう。降水確率10%だったのに、雨を降らせたことについての言及をするつもりもない。朝の5時まで、女々しい悩み相談に付き合わされて寝る間がなかったのもひとまず置いておく。アクシデントは、沢に入ってから起きたのだ。いちいち遠因をつくった男についての検証をしていたらキリがない。

▼入渓。



奥多摩・水根沢に入ったのが午前9時過ぎ。パーティはユウさんが引き、すぐ後ろを私がつく。次に体力のあるHirobさんが続き、いのうえさんが殿を務めた。気温は25℃といったところか。しかし初めての沢登りに血沸き肉踊る私に水の冷たさを感知する暇はなかった。

沢靴は結局これにした。モンベルのサワーシューズ・ロングだ。ソール(靴底)がフェルトという素材でできていて、ヌメリのある傾斜した岩肌で斜めに直立しても滑らない。登山道の岩肌をトレランシューズで歩くより滑らない、とまで言えばあきらかな誇張だが、「初心者が初めて沢に入り、フリクションを失う不安を忘れかけるほどだった」というのは私にとって明白な体験知である。



昨晩の雨の影響か、水量は豊か。川底の砂利を巻き上げてもすぐさま濁りが収まるほどだ。ユウさんが言うにはこの水が千葉県の水道水になるのだそうな。源流は澄み切っている。フィルターもカルキもいらない。水道水を飲むどれだけの人が、この事実を知っているのだろうか。

ザクザクと進む。

と、われわれの前に天然のウォータースライダーが現れた。

▼ファンの女性に配慮し、自主規制。


童心に返るとはこのことか。そういえば子供のころ、横浜ドリームランドの夏プールで、何度も並んで滑り降りたっけ。かの地も負債を抱えて倒産したと聞き、「夢の国も現実には太刀打ちできなかったか」と子供心に世の厳しさを思い知らされた。今や厳しい世界に歯を食いしばって生き抜く大人になってしまった私だが、ウォータースライダーの前でぐらい子供に返ったっていいだろう。

歓声というより奇声を発しながら進むわれわれであったが、あいつが目の前に出てきたときには思わず息を飲んだ。ゴルジュである。じつに雄々しい姿。こわっぱどもなら足蹴に粉砕せんと鎮座する拳王のようだ。



正確には、ここでアクシデントが発生したと確証はない。が、私には水というよりゴルジュの発する魔力によって、破壊されたと信じている。撮影に使っていた私のau携帯、完全防水をうたうこの製品が、ここでうんともすんとも言わなくなってしまったのだ。

撮影続行不可能。これで会社の女子に携帯の写真を見せ、黄色い声をうるさそうにさえぎりクールな一面でドキリとさせることまで不可能となってしまった。ただ、そこまでならまだよい。後日ショップに持っていくと、どうやらデータもすべてクラッシュしたようで、「ひょっとしたらまた連絡くるかもしれないし」と淡い期待を抱いて残しておいたあの子の連絡先も、すべて消えてしまった。おそるべしゴルジュ。

なので画像はすべて、いのうえさんからいただいたものだ。私を不細工に見せるテクニックには定評のあるいのうえ氏の撮影なので、実際の私の男前ぶりはこれらの画像の3割り増し程度と推測しておけばいいだろう。本当は写真ではなく絵に描いたものを掲載しようと思っていたのだが、自分の描いた絵が何を示しているのか自分でもわからなくなるほどだったので、正直ほっとしているところなのである。どうやら私に絵を描く才能はないようで、天は二物を与えずというが、電車で老人に席を譲るような優しい気立てのほかは、本当に何も与えてくれなかった神を今ほど恨めしく思ったことはない。

そんなことはどうでもいいのだ。われわれがいかにゴルジュを攻略したか、あるいはゴルジュがいかにしてわれわれの前に陥落したか、そして割れた海原を歩くモーゼのごとくわれわれが勇ましく進んだ様をここに示さねばなるまい。と、ここでもまた合いの手が入ってしまった。ユウさんが遡行記録を付けていてくれたそうなのだ。これは助かる。「モテる男とは、気が利く男のことだぜ」とユウさんは背中で語っていた。ただし、私は無我夢中で登っていたので、詳細はよくわからない。

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1:第一ゴルジュ帯
・3m滝を直登
・4m滝の滝は、釜の左壁(右岸)をヘツって滝の側壁を倒木を利用し直登
※4m滝の巻き道は左岸(向かって右側)

2:小滝を直登

3:第二のゴルジュ帯
・最初の淵は右壁をヘツって突破
・淵を軽く泳ぎ左壁からチョっクストン状に進路をふさぐ大岩を右へトラバースし水流
をステミングで直登突破

4:ゴルジュ内・3m滝の連瀑帯
・釜に入り水流沿いに直登突破
ここでボク(ユウ)はステミング(つっぱり)に失敗し滝つぼへ仰向けに転落

5:2段10mの大滝
・一般的な巻き道を使用せず、水流沿いに滝下部まで詰め、落ち口の側壁をノーザイル
でクライミング突破。

6:小滝を遊びつつ次々クリア

7わさび田

8:右岸(向かって左)の斜面上の小屋を眺めつつ、左に屈曲する沢をたどる

9:第三のゴルジュ帯
・薄暗いゴルジュの中に滝や淵が次々あらわれ、すべて楽しく直登。半円の滝手前の淵
も右岸(向かって左側)の巻き道を使用せず突破。

10:フィナーレの半円の滝のトイ状のナメを風瀑を感じながら、ステミング突破。途
中、左側にスタンスやホールドが見当たらず、左足が水流に持っていかれそうになる箇所
があるが、ここを持ちこたえ、右側のホールドで支持しつつ水流の強い屈曲部を抜けて突破。

フィニッシュ

駐車場:デッパ9時15分
入渓:9時40分
半円の滝フィニッシュ:11時20分
大休憩(40分)
駐車場着:12時30分


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注目すべきは4番だ。

>ここでボク(ユウ)はステミング(つっぱり)に失敗し滝つぼへ仰向けに転落

名誉のため、と私が言うのはおこがましい。しかし、言及せずにはいられない。ユウさんの落ちっぷりについてだ。右足のフリクションを失ったその瞬間、バランスを崩すかと思いきや、体の姿勢は微動だにしない。落ちながら微動だにしないというのはおかしな表現だが、私の目で見たユウさんは、たしかに空中で静止していた。だからこそ岩肌に体をぶつけることもなく、背中から滝つぼに落ちることができたのだ。全身びしょ濡れのわれわれを前に、「いやぁ、びっくりした」と言うユウさんの髪型が、ここで初めて少し乱れた。

7番のわさび田を越えたあたりからだろうか、どうも足元がフラフラしてきた。なんでもない段差で、膝から下がガクガク、ズルズルとなる。前半から飛ばしすぎ、はしゃぎすぎたためだ。あるいは寝不足のせいであったかもしれない。いずれにしろ冷たい沢の水に長時間浸かっていると、体調は著しく脆弱になってしまうものなのだろう。にも関わらず、スライダーを目ざとくみつけて頭から滑ったりしているのである。沢は楽しい。自分の限界を忘れてしまうほどにだ。

▼側壁をへつって進入し、滝を直登!



総じて、初心者の私でも無事クリアすることができた。しかし、ソロで挑戦しようとは思わない。たしかにザイルも巻き道も使わずすべて直登できたが、これも危険なポイントはユウさんが先導して登攀ラインを示してくれたおかげだ。また、おおむね慎重を期してはいたものの、慣れてくるとリスクテイクが面倒になり、ノリだけで突破したくなってくる。「なぁに、軽い軽い」と思って滑り、岩に体をぶつけるだけで命取りだ。そこには大きな口をばっくり開けて、非情なゴルジュが待っている。充分に注意し、装備を整え、また会いにこよう。夢の国は廃れても、ゴルジュはいつまでもそこにいるはずだ。
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